金峰山山頂へ
JR上熊本駅 → 鎌研坂公園 → 峠の茶屋公園 → 金峰山山頂
金峰火山の外輪山
JR上熊本駅前から金峰山方面へ向かう。
JR上熊本駅の西、山頂に数本のアンテナ塔が立つのが金峰山で、周囲の山々が外輪山である。外輪山は、北は玉東町の木葉川、北西部は玉名市の唐人川、東から南にかけては井芹川が坪井川に合流して有明海に至る流れの、それぞれの流域に広がる。上熊本駅に近い荒尾山や三淵山、北に最高峰の標高686メートルの二ノ岳および三ノ岳、さらに南の権現山や西の河内山などが外輪山の主な山々だ。金峰火山を東側から見ると、南北に山並みが続く。中央火口丘の金峰山がカルデラ南端に位置し、カルデラ北壁に当たる二ノ岳の北に厚みを加えるように三ノ岳が並ぶ。
本妙寺を過ぎた辺りから森の中の道になる。
上熊本駅前から金峰山方面へ向かう。路面電車の線路に沿って南へ進み、「本妙寺入口」電停がある交差点で右折して県道1号へ。すぐに新幹線の高架をくぐり、井芹川の永運橋の辺りで前方に見える大きな門は、本妙寺の仁王門だ。
本妙寺は、慶長16年(1611年)に亡くなった加藤清正の廟所が置かれている所。本妙寺が立つ本妙寺山は、金峰火山の外輪山のひとつ。
左手に見える山中に『草枕』の道が通る。
コースは山の森の中に上り坂が延び、左側の眺望が開けてくると、深い緑に覆われた外輪山の山々が続いているのが見える。
路面電車の通りから6キロメートルほどで、夏目漱石の句碑が立つ鎌研坂公園がある三差路。左手に延びる道の間に階段が下っており、その先が鎌研坂。
鎌研坂公園前の三差路。階段の下が鎌研坂。
「山路を登りながら、かう考へた。智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい」。小説『草枕』の冒頭部分の一節である。この「山路」のモデルになったとされる坂が、鎌研坂だ。
漱石が好んだという言葉を刻む鎌研坂公園の句碑。
文中には、「立ち上がる時に向ふを見ると、路から左の方にバケツを伏せた様な峯が聳えて居る」ともある。当時のことは不明だが、現在の鎌研坂の周囲は木々で覆われており、眺望は一切利かない。漱石は、熊本滞在中に友人の山川信次郎と、内坪井の住居から玉名市の小天温泉まで歩いた。この坂道は、その当時の様子を残しているという区間である。
「おい」と、声を掛けたが返事がなかったのは、「峠の茶屋」でのこと。鎌研坂公園から県道1号をさらに300メートルほど進んだ所に立つ峠の茶屋公園には、茶屋の建物が復元されている。
鳥越の峠の茶屋は井戸の辺りにあったという。
漱石のころには、コース上に鳥越と野出の、2軒の峠の茶屋があったという。峠は山道の最高地点であり、上りの道が下りに変わる所。このふたつの峠が、金峰火山の外輪山の外側と内側を隔てる境となる。漱石はふたつの峠を越えた。
なお、作中には「こゝから那古井迄は一里たらずだつたね」と記す。野出から小天温泉の那古井館までは、5キロメートルほどの距離。漱石は鳥越と野出の両方の茶屋をモチーフに、このシーンを描いたともいわれている。
金峰火山の成り立ち
峠のバス停。標識の先から道は下りに変わる。
金峰火山は、ほぼ四角形のカルデラ内にある金峰山と、それを取り囲む外輪山からなる二重式の火山。カルデラは東西と南北それぞれ4キロメートルほどの規模で、外輪山は標高200メートルから600メートルほどの山々からなる。これら南北約十数キロメートル、東西約9キロメートルに広がる山地を総称して「金峰火山」と呼ぶ。
鳥越の峠を越えた十字路から金峰山へ向かう道。
この地では、110万年前までに大きな火山の集まりができた後、その上部で大崩壊が起こり馬のひづめのような形のカルデラが形成された。やがて、北側で二ノ岳や三ノ岳の火山が生じ、それを北壁としてカルデラ湖ができた。さらに20万年前ごろ、湖の水がなくなった直後にカルデラ南端に生まれた溶岩ドームが、一ノ岳とも称される金峰山。金峰火山の形成については、おおよそこのように考えられている。
河内川に架かる大将陣橋の手前で望む金峰山。
溶岩ドームとは、火山噴火時に噴出される溶岩が粘り気が強く遠くまで流れず、火口周辺にとどまってやがて固まり、釣鐘状の山容となったもの。溶岩円頂丘ともいう。有明海越しに見える雲仙岳の平成新山も、溶岩ドームである。
金峰山山頂への道。クルマは歩行者に要注意。
峠を越えるとすぐに十字路の交差点。金峰山山頂へは左へ向かい、300メートルほどの所で河内川に架かる大将陣橋を渡る。さらに道なりに進み別荘地の横を過ぎると、金峰山の「さるすべり登山道」の入り口が近い。金峰山神社の鳥居が立つ登山道入り口のそばには「金峰山第1駐車場」がある。山頂まで登山道を歩くと40分程度だが、近くまでクルマで上ることも可能だ。緑に包まれた道は一方通行で、時折、木々の隙間から見えるのは外輪山の山々。
登山道から二ノ岳や三ノ岳が見える。
「金峰山第2駐車場」からは杉木立の中に延びる道を200メートルほど歩き、さらに階段を上り詰めると、金峰山山頂のアンテナ群が視界に入ってくる。
金峰山山頂に立つ金峰山神社。
元は「飽田山」と呼ばれていたこの山は、平安時代の天長9年(832年)に、奈良県吉野の金峯山から金峰山権現を勧請して、金峰山と呼ばれるようになったという。金峰山神社の社殿が立つ山頂には、北側を除く三方に展望所があり、晴天時には、白川や坪井川などが流れる熊本平野が一望にでき、東側に阿蘇などの山並みが南北に続く。西側の展望所には、正面の有明海に浮かぶように雲仙岳の山容があり、その南には天草諸島の島影。いずれの眼下にも、外輪山の山々が見える。
金峰山山頂から見る外輪山と有明海と雲仙岳。
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